拡大路線への期待

縮小した日本の音楽市場を再び拡大するためには、別の業界と手を組むことも必要になります。それは新たなビジネス・モデルを構築するために、とても重要なことなのです。

版権の柔軟な運用

音楽業界が抱える楽曲の版権利用は、とても大きな可能性を秘めています。例えば現在大きく成長している市場としてオンラインカジノ業界がありますが、海外では既にガンズアンドローゼスなどの多くのアーティストがコラボして、その楽曲利用を行っています。翻って日本のアーティストはどうでしょう?沢山のスロットゲームを抱えるこのラッキーニッキーhttp://luckyniki.jp/で探しても、日本のアーティストの楽曲をフューチャーしたゲームは見つかりません。成長する業界への積極的なアプローチも今後必要になってくるのは間違いないでしょう。

西野カナ

ソニー・ミュージックを代表するアーティスト

今年の2月より無期限の活動休止となった西野カナ。その後結婚したことを公式ウェブサイト上で発表したため、復帰時期については不透明な状態です。しかし彼女が未だに若い女性たちにとっての重要なアーティストであることに変わりはありません。

若者の代弁者

若い女性のファッションリーダーとして知られた西野カナですが、彼女はそれ以上に若い女性の代弁者でもありました。彼女は19歳でデビューして以来、ほぼ全ての楽曲の作詞をおこなってきました。つまり若い女性の今を、自身の感性を通して歌詞として表現してきたのです。それは彼女と同年代か、それより若い年代の女性に大きな共感を呼び、結果2016年には「第58回輝く!日本レコード大賞」で大賞を受賞するまでになったのです。

エイベックス

日本を代表するレコード会社

日本で生活をしていてこのレコード会社の名前を耳にしたことがない、という人は殆どいないと言っていいでしょう。日本のポピュラー音楽を牽引するレコード会社であり、その象徴と言ってもいいのがこのエイベックスです。

小室哲也と共に成長したエイベックス

1988年に輸入レコードの卸会社として設立されたこのエイベックス。何故それから僅かな時間でこれほどの大きなレコード会社に成長することができたのでしょうか?それにはこのアーティスト、小室哲哉存在が大きく関わってきます。1990年代の日本の音楽シーンを席巻した彼と「小室ファミリー」と呼ばれるアーティストによってエイベックスは飛躍し、1999年には東証一部上場も果たしました。

アナログレコード人気再燃

アナログレコードの売り上げ枚数が世界的に伸びています。特にヨーロッパでは供給が追い付かないこともあるそうですが、いったいなぜ、レコードなのでしょうか。

アナログレコードとは

既に知らない世代が多いと思われるので、アナログレコードとは何か、まずは説明します。アナログレコードとはCD以前に使用されていた音楽記録媒体で、デジタルデータではなく実際に版面に情報の振幅を刻み込むことで音楽を記録するものです。CDよりも音質が滑らかになり、それが音楽に温かみを感じさせると言われています。

CDとはまた違った音楽が楽しめると人気が再燃中のアナログレコード。現在は大手レコード会社の1つ、ソニー・ミュージックが特に力を入れていて、2018年には29年ぶりにアナログレコードの自社一貫生産も始めています。

EXILE

エイベックスを代表するアーティスト

エイベックスというレコード会社を成長させ、牽引し続けてきた安室奈美恵が2018年を持って引退しました。最後に発売されたアルバム「Finally」は、破格の238万5千枚という売上を記録しました。CDが日本で200万枚以上の売り上げを記録するのはおそらくこれが最後になると言われています。それほどのビッグアーティストが去った今、エイベックスの屋台骨を背負うのはこのアーティストしかいません。そう、EXILEです。

拡大するEXILE

rhythm zoneというエイベックスグループのレコードレーベルに所属するEXILE。EXILEという名前で活動を始めたのは2001年からで、それから僅か2年後の2003年に初のミリオンセラーを達成しています。そして現在はEXILE TRIBEとしてメンバー総数は増加。劇団なども含め活動の幅を大きく拡大しているのです。

ドリカム

ユニバーサルミュージックを代表するアーティスト

日本の国民的アーティストの1つであるドリームズ・カム・トゥルー、通称ドリカムは、ユニバーサルミュージックを代表するグループです。1988年から活躍するこのドリカムは、ボーカル吉田美和の伸びやかな歌声を武器に日本のトップへと走り始めます。

圧倒的なアルバムセールス

1989年に発売されたセカンドアルバム「LOVE GOES ON.,,」、1990年のサードアルバム「WONDER 3」がともに100万枚以上売り上げるヒットを記録したのですが、圧巻なのは寧ろそこからでした。次作「MILLION KISSES」から1996年に発売された8枚目までのアルバム全てが200万枚以上の売り上げを記録したのです。日本の音楽シーンの全盛期、そのトップに君臨したのがこのドリカムだったのです。

ユニバーサルミュージック

外資系最王手のレコード会社

1998年にポリグラムと合併したことにより、世界最大のレコード会社となったユニバーサルミュージック。テイラー・スウィフトなどの超有名アーティストが所属するユニバーサルミュージックですが、実は親会社のフランスのメディア企業ヴィヴァンディから売却される手続きが現在進んでいるとのニュースが流れています。

売却による日本への影響

まだ先行きが不透明ですが、売却先の候補には中国のIT企業テンセントが運営するTencentMusicなども挙がっています。この売却による日本法人への影響も当然あると見ていいでしょうが、低迷する日本の音楽業界にポジティブな影響を与えてくれることも期待できると思います。外資系とはいえ、それほどの影響力を持っているレコード会社なのです。

ソニー・ミュージック

世界的大企業ソニーのレコード会社

ソニー・ミュージックエンタテインメントは、日本を代表する大型企業グループ「ソニー」が、1968年に設立した「CBS・ソニーレコード」から繋がるレコード会社になります。米国に本社を置く同名の会社は、グループ企業の1つではありますが別会社です。

日本のポピュラー音楽の王道を継承

多様なジャンルの音楽が氾濫し、市場が縮小した現在の音楽シーンは、以前とは全く違うものになりました。そんな中、「歌謡曲」として歴史を積み重ねてきた日本のポピュラー音楽の王道を、未だ色濃く残しているレコード会社がこのソニー・ミュージックでしょう。西野カナや平井堅、そしてスキマスイッチといった実力と分かり易さを兼ね備えた魅力的なアーティストが多く所属しているからです。

このブログについて

このブログは、低迷する日本の音楽業界を応援する意図で作成されています。そこには、華やかだった80、90年代の音楽シーンの興奮をもう一度味わいたいという願望が根底にあると言っていいでしょう。ですが、それは夢物語なのでしょうか?

安室奈美恵のラストライブが見せたもの

2018年にそれが夢物語ではない、と確信させてくれる出来事がありました。それが安室奈美恵のラストライブです。あのとき起きた熱狂が、今も日本人の中に大きな音楽への情熱が存在することを確信させてくれたのです。

あのライブの時のように音楽業界を盛り上げるべく、当ブログはこれからも頑張っていきます!

プロフィール

南ヤスヒロ(microman)、丸谷学の2人のコンポーザーによるユニット。
SMPの専属作家として作家活動をスタートさせた2人が2004年Sunbrain結成。

個性の異なる二人の類稀なる作曲センスの融合により新しいスタイルのユニットとして活動中。
南ヤスヒロは2004年に作家として平井堅の「style」を作曲、楽曲提供。
2004年10月からスタートしている、テレビ東京系アニメ「冒険王ビィト」のオープニングテーマにSunbrainの「emotion」が大抜擢され、2005年2月DefSTAR RECORDSよりデビュー。

●名前
sunbrain(サンブレイン)
南ヤスヒロ
丸谷学
●出身地
2人とも北海道出身です。
南 常呂郡置戸町の山奥 総人口:3785人
丸谷  札幌市厚別区の町中 人口130000人
●生年月日
南 1973/3/4
丸谷 1979/3/28
●星座
南 魚座
丸谷 牡羊座
●血液型
南 A型(AA)
丸谷 O型(OO)
●動物占い
南 オオカミ
丸谷 ゾウ
●歴史占い
南 石川五右衛門
丸谷  聖徳太子

●性格を自己分析
南 こだわり屋
丸谷 明るかったり暗かったり、良く喋ったり黙ったり
いつも同じテンションではいられません
器用なところと不器用なところがある
結構プラス思考
理屈っぽいところもあり
ものを斜めから見る
いつも自分はまだまだだと思っていると同時に自身も持っている

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■ユニット名の由来

南&丸谷
二人で電話で話しながら決めた造語
何となくシンプルな英単語で造語というイメージがあって
僕らみたいな作家二人が組むユニットであるから「クリエイトする」って事にフォーカスが当たるネーミングという事で「brain」がそれ象徴しているように感じました。
すべて僕らの頭脳から生まれてくる楽曲であるという事
さらに、神秘性や明るさを求め「Sun」がいいだろうと。
一つの語句の中に「Sun」と「Rain」が入ってる所や、何だか会社っぽい感じが気に入ってます。

■音楽に目覚めたきっかけとは・・・

丸谷
12-13歳のころ、良い曲って素晴らしいとCHAGE&ASKA;で知った。
と同時にその良い曲を自分のモノにしてしまいたい衝動にかられ作曲を開始しました。


小学校3年の頃、高校生のいとこにドラムを教えてもらったのがきっかけ。

■sunbrainを結成することになったきっかけとは・・・

丸谷
一番は才能
細かくは、彼がドラマーであるという事
ずっと一人での作業だったので「共作」っていう響きに惹かれた事など


共感する方向性が大体一緒なんですね。
僕が考えてる事は彼も考えてる時があるんです。

■sunbrainを結成するにあたり、目標や目的などは・・・

丸谷
僕はソロでシンガーソングライターとしてやっていきたいという夢があって、SMPや他のオーディションでも、いいところまでは行くけど結果がでない、というのを何年も味わってきました。その中で南さんと数曲を作り、まったく新しい可能性を強く感じ、ユニットを組む組まないなんて話は後にしてとりあえず曲作ろうや、みたいなノリで楽しんでいました。だから最初は特になにかヴィジョンがあった訳ではありません。その中から「emotion」などが生まれ、様々な人の目にとまるようになりこのユニットが世に出て行くためには?という話し合いから初めて「Sunbrain」と名乗る事になった訳でございます。


最初の段階で、彼(丸谷)はアーティスト寄りで、僕は作家寄りな曲の作り方をする感じなので、これ、合わさったらどんな事が出来るんだろうと思ったのです。なので二人が作った楽曲でどこまで出来るかがテーマなんだと思います。目標というか、夢ですが、これらの曲が聴く人達の洗剤みたいなモノになったり、胃薬や頭痛薬みたいなモノになったり、おもちゃになったり。人々の様々な出来事の中で追い風になってくれるモノになって行きたいです。

■2人とも作家と言うところで、楽曲制作はどのように行っているのですか?

南&丸谷
完全に丸谷が一人で作った曲。完全に南が一人で作った曲。共作。
の3パターンがありますが共作を作るときは基本的にはそれぞれが、それぞれの部屋で考えたアイデアや断片などを渡して膨らまして行くという方法です。
いまのところ丸谷が考えた Aメロというか前半部分に、南が続き、サビを、みたいなやり方が上手く行ってるように思います。

■作家として難しいことといえばどんなところでしょうか?また、気をつけて楽曲を作っているところなどもあれば・・・

丸谷
やっぱり最初の1アイデア目というか、歌詞でもそうですが、その一行または1フレーズがはまると降って来るように曲が出来る事がわりと多いと思います。
また他のアーティストさん用に書いているときと自分用とでは、使ってる脳は一緒でも使い方が違うというか、、 上手く言えませんが、その切り替えも難しく思います。

希望曲と自分のイメージしたものの格差だと思います。
僕の場合、自分で作った曲なのに、難しくて自分自身うまく歌えないというのがあります。

■作家としての主張などありますでしょうか?

丸谷
作る曲によって大きく変わってきますが、意識して何かを主張しながら作曲する事はまずありません。
まずは自分が気持ちよくならなければ良いものは出来ないと思っているので、そこだけは意識してますが作った後、また作りながら、自分から生まれたものが何を意味しているか何を主張しているのか気付くことがあります。


他のアーティストさん用の曲を作っている時も
自分の曲を歌ってもらいたいという想いは強いです。
「これ、歌ったら絶対行けますって。」っていつも思ってますね。
そういう気持ちにならないと書けないんです。
なのでイメージが出てこない日はとてもツライです。

■自分たちの「いい音楽」というのはどのようなものだと思いますか?

南&丸谷
僕たちにとって「いい音楽」、聴き手にとって「いい音楽」、この時点で「いい音楽」の定義はさまざま。うっかり口ずさむような「いい音楽」、悲しみの奥底を励ますような「いい音楽」、みんなで騒げる「いい音楽」、平和を訴える「いい音楽」僕らがやりたいのは、これらのどれか一つだけではなくて、さまざまな感情や時代感が押し寄せるような、 時には聴き手のある人の、時にはその友達の、時には僕自身の中にある何かを揺れ動かすようなもの。そんな本当に「いい音楽」を目指してがんばります。

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サードシングル「グーテンモルゲン」について

■「グーテンモルゲン」はどのようにしてつくられたのですか?またコンセプトは?

丸谷
ベーシックは2004年の4月、sunbrainをやるために僕が上京することが決まり(この時点ではデビューも何も決まっていない)いろいろと準備をしている頃、この不安と期待とが入り交じった気持ちを曲にしようとピアノでつらつらと書いたものです。
二人ともとても気に入ったので上京してからすぐに取りかかったのですが、いまいち伸び悩み原因も分からず一旦保留にしていました。
2005年の10月から北海道でラジオをやる事になり頻繁に札幌に帰るようなると、不思議とこの曲のイメージが膨らんできて、ちょうどラジオで「宅録委員会」という制作コーナーがあるので、その中で毎週毎週少しずつその成長過程を伝えながら完成させました。


sunbrainとして一緒にやろうという決意から生まれた楽曲です。
2年前の春、世間がこれからに向けて慌ただしく動いている状況のなか、 僕らは行く末を案じて以前の環境を断ち切って右も左もわからない場所へ 行かなければならない心境だった。
丸谷を東京に呼んだ時に彼がピアノで書いた曲が、僕らの心境にぴったりでさらに決意を固めたのを覚えています。
札幌でラジオレギュラーが決まり、2人北海道へ足を運んだ時、北のピリッとした空気と町並みに、この曲がオーバーラップしたんです。
やはり故郷で生み出された曲は、故郷でしっかり完成させたい、そういう想いでラジオを通じて完成しました。

■タイトルの意味は?何故こういったタイトルに?
丸谷
曲をつくる時はいつも、初期の段階で仮タイトルをつけるのですがこの曲の場合は直感でドイツ語でカタカナで『グーテンモルゲン』と思いつき、そのニュアンスがアレンジや歌詞にも影響していきました。
この曲は現状に満足できていない人が不安や焦りを感じつつも、明日への希望を持ち決意新たに一歩を踏み出すという事を歌った曲ですので新たな一日という意味の象徴にもなっています。


明日の自分に明るく希望を持って「おはよう」と言える時が来ますように・・その願いなんです。

■歌詞にこめられた内容とは?
丸谷
いつも強い気持ちでいられたらと思うんですが、そう上手くはいかないもので、環境がガラリと変わるような節目で感傷的になったり、平坦な毎日に焦りを感じたり、、それは自分がやってきた事、これからやろうしている事に自信がないのか、単なる弱さなのか分かりませんが、悩んでも結論は簡単「やるしかない」これにたどり着くまで毎回苦労します。ホント言葉にしちゃえば簡単ですけど。混沌とした所から抜け出すきっかけになれば幸いです。


長年住み慣れた場所を変えて、違う場所へとスタートさせる時その準備に追われて色々やらなければならない事がいっぱいあるけど、気持ちが追いついてこない。そんなアンバランスな心境って誰でも一度はあると思うんです。
自分の意思で場所を変えようと決意したんだけどその場所で暮らした思い出、まだ住んでいる友人、恋人から離れていってしまう不安がよぎるんです。
でも時を経て、違う場所で自分の活路を見いだして幸せに暮らせる日が来た時、改めて想い出、友人、そして自分に「おはよう」とあいさつをしたい。
そんな想いのこもった歌詞だと思います。

■バージョンが2つありますがどう違うのですか?
丸谷
ラジオ内で完成した『グーテンモルゲン』は、リリースするしないを意識する事なく、イメージの赴くままアレンジしていったversionで宅録の延長線上にある、言わば Naked Version その後、周りの声のおかげでCDとしてリリース出来るという事になったので、 sunbrainの3rdシングルとしてリリースするならもっと何かないか?と自問自答した結果、single versionが生まれました。
元versionよりも、もっと広く浸透できる様に意識しました。

■この曲を聴いてもらう方には、どのようなところを聴いて欲しいですか?
丸谷
やっぱり環境が変わろうとしている人、卒業、入学、就職、転勤、誰かとの出会い、誰かとの別れあと全く逆で環境が恐ろしくずっと変わらない事に不満を持っている人もいいと思います。

■ラジオレギュラーをやっているそうですが、どのような番組ですか?
丸谷
初ラジオなのですが、ああしろこうしろという制約が全然なく、すごくsunbrainの手作りラジオという感じがしてアットホームな雰囲気だと思います。目玉コーナーは「宅録委員会」で、style(sunbrain self coverversion)やグーテンモルゲンもここから生まれました。


ラジオを通じて曲を作って行き、楽曲を完成させてしまうコーナーもあり、手作り的でライブ感溢れる番組です。

■レギュラーをやっている地元北海道に関して
丸谷
めちゃくちゃ寒いんですが「懐かしい寒さ」を感じます。やっぱり空気も水も人も東京とは違う世界ですね。
唐揚げを「ザンギ」というんですが、たまに「唐揚げ」の隣に「ザンギ」が置いてあったりして何が違うのか未だに謎です。今度ラジオでリスナーに聞いてみます。
リスナーからの反応を見ていても、やっぱり二人とも道産子だから曲も北海道っぽいのかなーと思ったりします。

やはり僕ら育った場所なので、特別な想いがあります。
札幌に来る時は「帰ってきた」という想いが強いですから、ただいまっていう感じで僕らの曲をおみやげ代わりに送り続けたらと思います。

■アーティストとしての主張

丸谷
普段いろんな音楽を聴いて、そこから得られるものって凄く大きくて今までどれくらい恩恵を受けてきたのかと思うと、それこそ生活そのものという気もするくらい。
自分達の音楽にも制作中から、そういう感動をたくさん貰ってるし、リスナーにもきっと伝わると信じている。ということです。


「野望」もいいけど「希望」もネ。ということで

■今後どのような活動をしていきたいですか?

丸谷
「いい音楽」を作ること。
まだ始まったばかりで、絶対ヴィジュアル系みたいなメイクはしたくないとか、 やりたくない事はいくつくかありますが、 いろいろ挑戦することから何らかの発見があることは間違いないので つきなみですがいろいろとがんばってみたいです。


可能な限り色々トライして行きたいですが、 まずはライブ活動に向けてがんばりたいです。

■現在の目標は?

丸谷
制作の段階では二人はいつも、アルバムのイメージを探りながら作業している部分が多いので現時点での目標といわれれば、それはファーストアルバムを最高のものにすることです。


まずは僕らの楽曲をより多くの人達に聴いて頂きたいです。
そして当面はやはりアルバム制作です。